RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

07
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--

きょうの舞台裏

京都の出版社 京都通信社のスタッフブログです。本の制作から出版までの道のりを同時進行で配信しています。
<< 12月3日夜〈夢窓疎石作品集の編集会議〉 | main | 2008年12月22日〈夢窓疎石をめぐる座談会の日程が決まる〉 >>
2008年12月4日〈岸和田城「八陣の庭」の撮影〉
0
    岸和田城「八陣の庭」の撮影に早朝に出発。重森三明氏とエマニュエルが2日前から撮影の申しこみ。当日の天気予報は晴れのち曇り、翌日は雨とのこと。下り坂の天気だから午後には曇ってくれることを期待。午前中は、砂紋を引き直し、落ち葉の掃除の時間に充てることにする。朝9時には、観光課などの関係者5人もの方に待ち受けていただいた。恐縮。ほぼ半日かけて引き直した砂紋は、天守閣から眺めるとやはり美しい。
    天守閣から鳥瞰して楽しむ「八陣の庭」はまさに革新的で、アヴァンギャルドの重森三玲の真骨頂。したがって、この庭の撮影の季節をいつにするかは、内部でずいぶん議論があった。八陣の庭の輪郭線を明確に撮影するならば、周囲の樹木の枝葉が枯れ落ちた季節にするのがいちばんというのが重森三明氏の意見。重森三玲氏は、周囲の樹木の紅葉や花の彩りに庭の造形がごまかされることを極端に嫌がったことは事実。そのために、三玲氏の庭は原則、植物は苔のみで、花木の植栽を嫌い、庭は白塀あるいは竹の壁で囲んでいる。植栽をせずに砂や小石を敷き詰めると便利なこともある。手入れが簡単で、雑草が生えない。庭師が入るコストも低減できるのである。三玲氏の庭の多くが現存する背景には、そんな理由もあるようだ。
    とはいえ、岸和田城の「八陣の庭」は、芝がその輪郭をつくり、その周囲をたくさんの樹木が飾っている。秋には、サクラやイチョウ、その他が紅葉する。三明氏は、祖父の美意識とこだわりを尊重して紅葉が散ったあとの撮影を希望するが、それではどうにも寂しい。茶褐色の芝はどこかもの悲しい。岸和田在住の井上馨氏が10月末に天守閣から撮影して送っていただいた庭は、緑の芝生がなんとも美しく見える。紅葉もはじまりかけて、やはり美しい。
    けっきょく、今年の3月まで岸和田市の商工観光課長を務められていた原 宗久市民生活部長さんのお奨めにしたがって、天守閣からの撮影は桜のシーズンを狙うことにする。華やいだ「八陣の庭」もまた別の顔を見せてくれるはず。
    井上馨氏をとおして原部長のお話もうかがうことができた。原部長によると、戦後復興期、城址の利用をめぐっては岸和田市の内部でずいぶん議論があったという。グラウンドにする話や転売する話まであるなかで、当時の福本市長は、こんごおかしな方向で利用されることのないようにと考えたすえに、福本市長の英断で重森三玲氏に作庭をお願いすることにしたという。「八陣の庭」の完成は、天守閣の復元が終わる1年前の1953年だった。
    蛇足だが、重森三玲の自宅だった重森三玲庭園美術館の庭には、三玲氏の奥さまの希望を入れて、枝垂れ桜の若木を植えたところ、いまや大木となって、あの緊張感のあるお庭が春ともなると、桜の枝が巨石の上にしなだれるように覆い、華やぐという表現にとどまらず、なんともなまめかしい空気が流れる。

    | スタッフ日記 | 16:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









    http://blog.kyoto-info.com/trackback/819825