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きょうの舞台裏

京都の出版社 京都通信社のスタッフブログです。本の制作から出版までの道のりを同時進行で配信しています。
11月6日〈天龍寺撮影〉
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    シリーズ4作目は『夢窓疎石』。仮の副題は、「禅のこころを庭に写す」。疎石の庭をもっとも身近に味わえるのが天龍寺。3日まえに天龍寺を訪れ、小川法務部長に撮影の許可をいただいていた。恰幅のよい、まさに臨済宗の禅僧らしい力強く、明快なお話は感激的。「朝8時半から拝観者があります。西山にある天龍寺は京都でも早く朝を迎えます。6時半になると明るくなりますから、その時間に訪ねてください、案内します」。
    撮影する日び貞夫氏は、すでに90冊ほどの写真集をだしている写真家。30年ほどまえにもお世話になったことがある。当時は仏像の撮影を得意とされて、奈良に在住。その後、東京に事務所を移し、数年まえからは長野県の八ヶ岳の麓で暮らしている。東京からも近いし、好きな京都にくるのもそう不便ではないという。
    その日び氏は、前夜は大阪泊。朝5時にホテルを出ても阪急嵐山駅に到着すると、どうしても6時半を少し過ぎるが、駅での待ち合わせにエマニュエルくんは自転車で駆けつける。さすがに早朝の嵐山は寒い。
    山門の前で小川部長の携帯電話に電話すると、門を開けていただけた。ほかにだれもいない大方丈と曹源池を中心とする前庭が朝靄に浮かぶ。紅葉は、爽やかに紅葉し、荘厳な空気が流れている。ピンと張った空気に身の引き締まる思いがする。やはり禅の修業の場なのだ。栂宗務総長もお見えになり、さっそく撮影開始。
    撮影のポイントは龍門瀑と鯉魚石、それに石橋である。鯉が急流を上ると龍になるという登龍門伝説をモチーフにしている。修行僧が悟りを開くには、命を賭して努力することが肝要であることを諭しているとされる。
    栂宗務総長の取り計らいで、事前の約束では踏み込むことのできない庭園内部にも案内していただき、龍門瀑と鯉魚石をアップで撮影することができた。
    8時半と同時に、参拝者の団体が現れる。その第一陣が中学生の修学旅行生たち。早起きして楽しそうにしている姿に、ちょっと驚く。自分たちはそうだったかなと……。
    これにて撮影終了。いい朝だった。

    | スタッフ日記 | 16:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    10月31日〈野村勘治氏と打ち上げ〉
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      大阪府高槻市の店舗内部に庭をつくる仕事で関西にこられていた野村勘治氏を誘って、『小堀遠州 気品と静寂が貫く綺麗さびの庭』の発行を祝って夕刻から打ち上げ。ありあわせの材料での寄せ鍋と発泡酒で乾杯。野村氏の労苦に感謝。野村氏の解説には、ずいぶん注文をつけて、何度も書き直していただいた。庭をつくっているドイツのホテルで原稿を書いた原稿がファクスで届いて驚いたりもしたものだ。野村氏のいつも真摯な態度は、敬服に値する。情熱もすごい。酒量もすごい。読書量もすごい。
      野村氏にもご協力を願った『重森三玲』の営業に名古屋の正文堂書店を訪れて直販をお願いして、さて帰ろうかとすると、本の品定めをする野村氏にバッタリとお会いしたこともあった。本屋さん通いはほぼ毎日の日課とか。京都から高速バス代往復4,000円をかけて8軒ほどの書店にお願いにまわって、置いていただくことになったのは例によってジュンク堂名古屋店とこの正文堂書店だけ。野村氏との久しぶりの邂逅を、近くのファミレスにはいりビールで祝ったこともある。編集中の『植治』について、滔々と自説を語っていただき、その後の編集にずいぶん役にたった。
      そういう野村氏に注力いただいただけに、『小堀遠州』の評価は高い。まず、遠州流茶道家元にずいぶん喜んでいただいた。本も気に入ってたくさん買っていただいた。やはり執筆いただいた中村昌生先生は、届いた本を見てわざわざお電話を入れていただいた。しかも、延々とお褒めの言葉を頂戴することになった。淡交社の編集者で庭の本を何冊も担当されてきた川口壽夫氏は、「野村氏の視点と情熱がこの本を支えている。いちばんの売りだ」と。
      とにかく、楽しく飲めた。売れる見通しが少しはたったこともあって、仕入の請求書がぞくぞくと届く月末の愁眉を開くことができた。そのぶん、酔いもまわった。

      | スタッフ日記 | 16:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      10月21日〈『地球時代の人類学』が完成〉
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        地球時代の文明学

        3月末に中牧弘允民博教授、原田憲一京都造形芸術大学教授、龍村あや子京都市立芸大教授の訪問を受け、制作発行が決まった〈シリーズ文明学の挑戦〉『地球時代の文明学』の製本があがった。事務所の1階の座敷で鍋を囲みながら3度にわたり基本構想を練ったものだ。文明学会関西支部の編集で、責任編集は中牧弘允先生。監修は梅棹忠夫先生。11人の著者がそれぞれの専門分野の視点から話題と情報を提供。多彩な切り口の内容となった。
        なかでも、梅棹忠夫先生の「監修のことば」は、新鮮で目を見張る原稿だった。もう20年ほど目の見えない状況がつづき、1年ほどまえにお目にかかった時はずいぶんお痩せになり、ご子息のマヤオ氏の押す車イスに乗っておられた。言葉も細くなっておられたのだが、中牧先生がインタビューで引き出した文明学の視点と可能性への指摘は、そんなお体の状態をみじんも感じさせない。諦観の境地ともいえるその思想の一部を抜粋しておく。

        「比較文明学会関西支部が研究成果をシリーズ「文明学の挑戦」として刊行することとなった。このシリーズであたらしい文明学の構築をめざし、挑戦的であることをかかげながら、同時に学術的到達点を一般の読者にも理解しやすいかたちで提供しようとしている。……わたしは「地球人」である。国家の時代には「国際」がもてはやされたが、地球時代には「地球」全体が問題となる。偏狭なナショナリズムをすてさり、全地球人にとっての共同体をかんがえなければならない。……文明とはシステムであり、社会の編成原理である。文化のちがいは価値観にもとづくが、文明の相違は装置や制度の差異に由来する。……国家や国民を超えたところに文明の単位をもとめると、ことなった像がいろいろ浮かびあがってくるはずだ。……われわれは「地球人」としての覚悟をかため、地球時代のパイオニアをめざそうではないか。そのような気概をもって、文明学の構築に挑戦的に取りくんでほしいと心よりねがっている」。

        もくじ
        監修のことば……………梅棹忠夫 1
        第一部 環太平洋の文明
        原田憲一 地質文明観──安定大陸型文明と変動帯型文明の諸相
        小山修三 縄文文明観──山内円山遺跡に見る文明装置と制度
        山本紀夫 「高地文明」の提唱──文明の山岳史観
        第二部 文明史観の新展開
        宮原一武 主流文明史観の考察──「国際語」で読み解く文明史
        中牧弘允 文明の「暦」史観──太陰暦、太陽暦、太陰太陽暦の相克と共存5
        第三部 現代文明論の新機軸
        龍村あや子 地球文明時代の芸術──音楽と〈自然〉と信仰の問題を考える
        三浦伸夫 日本科学技術文明と博物館──現代文明の根源的解明に向けて
        コラム
        杉田繁治 文明のシステム史観
        日置弘一郎 生産力史観再考
        評論
        秦 兆雄 文明内部対話
        福永英雄 高度情報化と現代文明──《当事者性》の低落をめぐって
        あとがき 中牧弘允

        〈シリーズ文明学の挑戦〉『地球時代の文明学』は
        A5判224ページ
        定価 2,500円
        発行京都通信社

        | スタッフ日記 | 15:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        10月14日(火曜日)〈製本完了・発送〉
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          遊んでいるあいだの土曜日も、製本会社の吉田三誠堂のみなさんには、がんばっていただいて、製本作業は進んでいた。予定より1日早く、火曜日の午後には完成。さっそく引き取りに。コスト削減で、自分たちで運んでくる。ホンダのオデッセイには1500冊ほどが乗る。もちろん、重量オーバーで段差の大きいところではお尻をずってガリッ。
          引き取って、会社に戻ってはじめて袋を開いて、みんなで中味を確認。喜びが炸裂、という状態ではない。ホッと安堵の瞬間。
          すでに予約をいただいた個人の方や書店もあって、さっそく発送にかかる。取次の大阪屋さんのルートで配本されるが、とくにジュンク堂の池袋店、京都本店、京都バル店などは、ルート外で20冊ほどの注文をいただいている。紀伊国屋の大阪梅田店も京都モビックス店などは日販さん、ジュンク堂京都バル店さんなどはトーハンさんからの仕入。たいていの書店さんは、仕入は1社の取次店に限定していて、いくらお願いしても受け付けてもらえないもの。返品の業務を考えれば、「これだけは京都通信社に直に返品」などと複雑・面倒なことは好まない。そういうなかで、快く直取引を引き受けていただいている書店がある。
          じつは、最初に重森三玲を出版した2007年秋の時点では、すべてが直取引。そのときに感動し、感謝したのはジュンク堂さん。どの店に営業に行っても、「いい本ですね、おきましょう。掛け率は他の店と同じでいいですよ」とみなさん判を押したようにおっしゃっていただいた。盲目的に本を売ることにしゃかりきだった私どもは、なんと0.77という掛け率を提示したにもかかわらず、それがみんな通ってしまった。いや、通していただいた。東京でも同じ。池袋店、新宿店もそう。
          京都では、2店のジュンク堂さんのほかに、ふたば書房さん2店、紀伊国屋モビックス店、アバンティブックセンター、大龍堂書店、メディア・ショップ、ランダムウォーク、ガケ書房など。
          大阪では、ジュンク堂の大阪本店をはじめ4店、紀伊国屋の梅田本店と高槻店、旭屋書店、ブックファースト大阪本店。
          神戸では、ジュンク堂本店、海文堂書店。
          名古屋では、ジュンク堂名古屋店、正文館書店、サガミ屋書店。
          関東では、ジュンク堂の2店と南洋堂書店、書泉グランデ、有隣堂書店など。
          以上の書店さまには、感謝としか言いようがない。なんとかシリーズ3冊目『小堀遠州』を出版できたのも、以上の書店さまの支援をいただいたからにほかならない。
          本のことは、「書評家よりも書店の店員さんがよく知っている」というように、営業を通じて理解したのは、店員さんの姿勢のすごさと勉強ぶり。しかも、やさしい。いいかげんさがまるでない。誠実。表現する言葉は平凡になってしまうが、とにかく感謝している。
          初対面で取次の大阪屋さんをご紹介していただくことになったジュンク堂の工藤社長には、適切な感謝の言葉を知らない。
          そういう書店さまや注文いただいていた個人の方に、さっそく本を梱包して送る。発送を終えて、ようやく喜びの気持ちが湧いてくる。

          | スタッフ日記 | 15:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          10月9、10日〈小堀遠州印刷〉
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            朝8時中京の自宅から、自転車に乗ってサンテック印刷に出かける。背中のリュックには、返却が遅れた校正紙とデータがはいっている。堀川通を下がり、五条通を右折して西に進みながら信号が変わるたびに南へ南へと下がる。豊和製版は、西大路八条よりもまだ西。そこで校正紙を返却して、再び西へ。桂川を渡ると桂離宮。そこを左折して桂川にそって土手を南下する。10月の桂川とその河川敷は小鳥が飛び交いなんとも爽やかではあるが、どこか不安もあって気分は重い。
            9時にサンテック印刷到着。エマニュエルくんはすでに待ち構えてくれている。2台の印刷機のうち、1台は4色機、1台は5色機。それが平行しておかれている。その端に校正室がある。防音装置をほどこした木目調のおしゃれな空間。冷蔵庫にポットもあって、お茶、コーヒーも自由にいただける。トイレは、近づくと蓋が自動的に開いて、終わると勝手に閉じてくれる。
            そんなことはともかく、印刷機に3人ほどが取り付き、4枚の刷版を巻き付ける。赤版、黄版、藍版、そして墨版である。色の三原色とはいうが、墨は単独で使うほうが効率がよい。刷り出しをはじめながら、色の調整をはかる。まずまずの色が出たところで、1枚を見本として校正室に運んできてくれる。この〈京の庭の巨匠たち〉のシリーズは、A11枚の片面に12ページぶんが刷られて出てくる。同じ1枚でも、場所によって濃淡の違いがあるし、部分的に赤のインクが強く乗った箇所もある。ぼくらの好みは、インクをたっぷりと乗せて濃度を上げた強い紙面。さわやかな美しさというよりも、重く印象の強い刷り上がり。現実の色を超えても、存在感を強調したい石もある。オペレーターは、それを数値化するかたちで、バランスをとっていく。その繰り返しを3度ばかり行なうと、見違えるばかりに表情の違った写真があらわれる。赤版を強くしたり、黄版を少し強くしたりするだけでも違った絵になる。こちら希望を聞きながら色を出すその技術には感動を覚える。こちらの好みを理解すると、最初から好みの刷り出しを出してくるようになる。たいしたものだ。
            5000部の片面は、ゴーサインが出ると1時間もかからずに刷り上がる。それを終えると、次の片面。4時くらいには、半分が刷り上がる。それを1日寝かせて乾燥させ、翌日はその裏面を刷り込むことになる。帰りのペダルは、上りにもかかわらずずいぶんと軽い。

            | スタッフ日記 | 15:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            10月8、9日〈『小堀遠州』色校正返却〉
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              田畑みなお氏と北岡慎也の両氏の写真を使用し、フィルムも4×5インチ、6×7僉35弌▲妊献メのデータとさまざま。トーンをそろえるのは、なかなか。とくにデジカメのデータは、初校では「なんだコレ」の世界。血の気が引くというか、不安で奈落の底に沈みました。考えてみればというか、正直にいえば、スタッフのだれも、4色の写真表現の現場経験がない。前回の『植治 七代目小川治兵衞』は、すべて田畑みなお氏の4×5のフィルム。写真のとおりに色が乗っていれば問題がないというもの。今回は、そうはいかない。とにかく、逃げ場のない状態でフィルムと校正紙に向かうしかない。なかでも樹木の緑は難しく思うが、小堀遠州の庭は樹木の緑が命ではない。やはり岩と石。これにどう表情をつけるか。存在感をどうみせるか。けっきょく、デジカメのデータは三度の校正紙をだしてもらうことになる。
              返却を終えたのは、印刷機を確保している前夜の午後8時。製版をお願いしている豊和写真製版株式会社の北村さんをずいぶん待たしてヤキモキさせてしまった。といっても、いつものこと。受け取った北村さんは、それから会社に戻って修正して刷版を焼くことになる。それを印刷を担当していただいているサンテック印刷に朝9時までに持ち込む。いつもながら、下手な段取りというか、自信をもってゴー・サインがだせない。しかも、それで返却できたのは半分。残りの半分は、続けてやるしかない。翌日朝9時からは印刷会社で刷り上がりの現物をチェックしないといけないというのに。
              色校正だけでなく文字校正も、ずいぶん手間がかかった。レイアウト・チェックも甘かったし、用字用語の統一、漢字・ひらかなの統一も不充分。文字の間隔がばらついていたり、ページによって行の間隔にもバラツキがあったりする。写真の上に乗せたキャプションが、現物ではまったく読めなかったりする。あまりにも情けないミスを連発していることに気づかされる。これまでの自分は、いったいなにをしていたんだと、ほんとうに落ち込む。かといって、そこで気力を失っては、いよいよつまらないことになる。自らムチ打って、自らを恥知らずな行動に追い込むしかない。ミスを隠すことなく、平然と修正指示を出しすしかないのである。
              言い訳をするとしたら、初校、再校、三校と文字を読んでいても、どうしても情報の質、文章の質を向上させることに意識がむいてしまうから、こういう事態を招くのである。原稿を書き、構成し、文字を組むというすべての段階を内部でやることのデメリットは、そこにある。本としての質をあげようとすればするほど、自ら落とし穴をつくることになる。
              最後は、どこかで諦めるしかない。最後まで、納得する境地には至らない。夜中、諦めて逃げ帰ることにする。

              | スタッフ日記 | 15:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              1月30日
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                比叡山借景にした庭園として円通寺と並んで名高い正伝寺を訪ねた『重森三玲 永遠のモダンを求めつづけたアヴァンギャルド』では、重森三玲が復元修復した庭として紹介・掲載した庭だ。熱烈なファンがたくさんいる庭だけのことはある。私自身は初めて見せていただいたのだが『重森三玲 永遠のモダンを求めつづけたアヴァンギャルド』で紹介した写真以上に、刈り込みに立体感とボリューム感がある。しかも、借景比叡山が大きく迫る。掲載写真は、かなり短い広角レンズを使っていることで比叡山が遠くに感じるのだが、もちろん別の効果を生んでいる。ともかく、庭という立体藝術の果てしない可能性と力には感動を覚える。
                あらためて正伝寺さんを訪ねたのは『重森三玲 永遠のモダンを求めつづけたアヴァンギャルド』の見本を正伝寺さんに置いていただき、気に入った拝観者に電話やネットでの通販で買っていただく方式で、販売に協力していただくためだ。そのために、アクリル製の本立てと、京都通信社のドメインと電話番号などを書き込んだ名刺大の紙を用意した。メモ代わりに持って帰っていただこうというものだ。
                もちろん、正伝寺さんで販売していただければ、それにこしたことはないのだが、「こういう本はなかなか買っていただけません。かえってご迷惑をおかけすることになりますから」とのご住職のお言葉に、発売時は委託をあきらめた。とはいえ、ほかの社寺ではまずまずの売れ行きを示しているだけに、なんとしてもこの本を重森三玲のファンの目に留めさせたいという気持ちから、あらためてお願いにうかがったしだいだ。京都市内にある「ほかの重森三玲の庭も見に行こう」という気持ちになっていただくのがいちばん。
                ご住職は、大柄で線の太い印象だが、心はずいぶん細やかなお方だ。「では、どこに置くのがいちばんかな、目につきやすくて本が日焼けしないのはどこかな」などとおっしゃりながら、あちこちと場所を考えてくださる。恐縮至極。
                けっきょく、入り口近くに置いていただくことになって、安堵しながら雨上がりの参道をバイクを停めた駐車場まで歩く。お礼に、駐車場の縁に散らばっていた弁当箱の空箱と空きペットボトルを拾って、バイクのキャリイにくくりつけた。掃き清められた庭や参道を歩いた人間が、なぜこんなボイ捨てができるのか。「残念ながら、見本誌を持って帰る人がいますよ、覚悟してくださいね」と言わざるをえないご住職のお気持ちが読めた。
                | スタッフ日記 | 16:40 | comments(4) | trackbacks(0) | - | - |
                1月29日
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                  製版会社の北村さんが『植治 手を加えた自然にこそ自然がある』の再色校の校正紙の束を小脇に抱えて10時に現れる。「いい仕上がりですよ」とちょっと自慢げ。天地195ミリ×左右220ミリの1ページが片面に12丁(ページ)ぶん貼りつけた形の校正紙(デジタル・コンセンサス)を机に拡げてくれる。たしかに色のバランスはいい。色に深みがあり、空気の透明感、水の清浄感のようなものまで伝わってくる。写真家の田畑みなおさんも、これで喜んでくれるはず。初校では少し赤みが強く出ていた写真も、うまく赤みが抑えられている。担当のオペレーターの感性と技術が写真の表現力を高めてくれている。
                  これでもういつでも印刷にまわせる。出版もできる。一定の評価も得られるはず。
                  植治という明治から大正にかけて日本を代表する作庭家の美意識や感性、技術と京都という都市として長い歴史のなかで培われてきた文化との融合の姿、明治という変革の時代に新しい庭園のあり方をもとめ、それを多くの人びとの眼前に提示した植治。その植治とそういう植治を生み育てた時代というものをどこまで表現できたかは、読者のみなさんの評価を待つしかないが、写真をとおして植治の庭を理解していただくことはできたに違いない。
                  じつは、植治(七代目小川治兵衞)重森三玲の庭は、京都の優れた文化や意匠、感性、伝統、技術を表現するものとして、あるいはそういうものの統合した結果を京都人自らが貴んできたことの証しでもある。外の人に観ていただくだけでなく、京都人のアイデンティティを確認する材料でもあるように思う。
                  伝統的にものづくりで栄えてきたのが京都である。職人としての誇りの強い人びとが多く住むのが京都である。その職人が継承してきたのは伝統的な技術だけでなく、ものづくりに欠かせないアートの感覚やら感性、ものづくりにこめる愛情のようなものまでふくまれるはずだ。そういう要素は幅広く、多様性に富んでいて、それが多くの人を京都に引きつけてきた。京都はこんごも京都のアイデンティティの一つとして大切にしてゆかねばならない。その心を忘れては、京都はほかの都市と同じになってしまう。京都には、じつはそういう危機感がある。京都からこういう本を出版することをとおして、京都の凄さを外の世界の人に知っていただきたいし、そうすることで京都の人は安心して、自信をもってものづくりに励むことができるのではないかとも考える。
                  そのような役割を果たすという目的も、この本には与えている。そこで、京都の人たちにこの本の出版に協力していただこうということで、出版する前にいろいろな方に見ていただくことになった。いろいろご支援をいただかないと、地域と密着しないと、取次店も相手にしてくれない新興の出版社はやっていけないというのもホンネである。
                  | スタッフ日記 | 19:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  1月26日
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                    左京区の吉田神社のすぐそばにある重森三玲庭園美術館に、重森三明さんを訪ねる。新年のごあいさつを兼ねて、近況の報告『重森三玲 永遠のモダンを求めつづけたアヴァンギャルド』の販売状況の確認が目的。もちろん、庭園を拝見することも重要な目的である。冬の庭はどうなのか、空気が澄んでいる時期だけにきっと緊張感に満ちた姿を見せてくれるはずだと期待しつつ出かける。
                    重森三玲庭園美術館の庭は、重森三玲が寝起きしていた家の一部を庭としたもので、書院の前面に枯山水の庭が鉤型におさまっている。りっぱな長屋門をそなえた重厚な建物で、吉田神社の神職を世襲的に受け継ぐ社家の家屋として江戸中期に建てられている。のちに近衛文麿京都帝国大学に学ぶために京都に滞在することになったとき、大学に近いこの家が近衛文麿の住まいとなったという由緒もある。鈴鹿家からこの家を譲り受けた重森三玲は、数寄屋茶室を自ら設計して建て、庭をつくり、家族や門人たちと暮らした。作庭家としてだけでなく、茶人でもあり、華道家でもある重森三玲という人間を語るうえで欠かせないことから、京都通信社の本の表紙に使用している。社寺の庭と違って小規模だが、重森三玲の作品のなかでも秀逸。吉永小百合が登場するシャープのテレビ・コマーシャルの背景に使われた庭としての記憶が、多くの方に強く残っているようだ。
                    重森三明さんは、重森三玲の娘で舞踊家の重森由郷さんの子息。お姉さんの三果さんは新内や小唄の世界で著名。重森三明さんは、フランスの大学でも長く勉強した経験のある美術家。なかなかの文筆家でもあるし、四×五のカメラを操って写真まで撮る。なにより、ものごとを正面から捉えて話題をそらさない姿勢が気持ちいい。
                    予約なしに伺うと、重森三明さんが庭を案内する声が聞こえる。ただし、一般には予約なしでは入館は許されない。やがて、茶室の案内を終えて庭に出てこられた人は3人のみ。さすがに、真冬の庭見学の客は少ない。「寒い冬に庭を見たいと訪ねてくれる方こそ、だいじにしています」と重森三明さん。
                    手入れされた庭では、冬の鋭い光線を受けた地苔が黄金色に輝いている。そうでなくともピンと張った緊張感が支配する重森三玲の庭の石は、神々しいまでの存在感を放っている。これまでなんども見たなかで、最高に美しく、インパクトの強い雰囲気に圧倒されるが、同時に庭の立体感が増している。尋ねると、敷き詰めた白い玉砂利の底にたまった泥のような土を掻き出す作業をしているとのこと。苔を育てる土が、長い時間をかけて流れ出し、玉砂利の下にたまってしまうのだそうだ。それを掻き出すことで玉砂利の位置が窪み、苔の部分との段差が大きくなったからだ。
                    やはり、重森三明さんの愛情を受けつつ手入れされ育った庭である。
                    | スタッフ日記 | 20:31 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |